誤った方向に進む求人広告のデータ活用。その課題と解決策・前編

中途向け求人広告はこれまでに膨大な数が世に送り出されています。その求人広告のデータを活用し、制作に活かそうという試みがしばしばなされます。しかし、現在までに画期的な成功を収めた例を寡聞にして知りません。期待するほどの成果を上げられなかったケースがほとんどのようです。私自身、データ活用のプロジェクトらしきもの(敢えて「らしき」と言いますが)をごく間近で見たり、場合によっては巻き込まれたりすることもありますが、そこにデータ活用の、素人でもわかるほどの、大きな誤解や誤り、あるいは求人広告の専門家の立場からすれば即座に指摘できる重大な課題が紛れもなく存在します。今回、中途向け求人広告のデータ活用の課題を明らかにすると共に、有効と考えられるデータ活用について提案・議論したいと思います。

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課題①:内容領域専門家のインサイトを軽視している。

求人広告のデータ活用プロジェクトは、データの専門家、求人サイトの部門長(求人広告の制作についてはほとんど経験がない人も多い)、サイトプロデューサー(Webディレクター)、営業マネージャーで組成されることが多いようです。目的としてはより効果の高い求人広告を作れるようにすること。そのために、多くの場合、求職者にヒットする「訴求点(言葉)」や、求職者が好む「傾向」をつかもうとします。

もちろん、そのこと自体は価値のある取り組みで、データを活かせるのであれば積極的に活かすべきでしょう。一方で、問題はここに、現場の最前線にいるコピーライター、ディレクターがいないことです。どうもサイトを作っているのはWeb部門(企業によっては「編集」などと呼ぶケースもあります)との意識が強いようで、現場、つまり求人広告の制作についての内容領域専門家の経験や知識、インサイトを軽視している傾向が伺えます。求人サイトの部門長、サイトプロデューサー(Webディレクター)、営業マネージャーも内容領域専門家と言えますが、現場から距離があります。現場を最も知っているのはコピーライターなのは言うまでもないでしょう。それなのに、メンバーに加えていないのです。

この結果どうなるか。最前線で求人広告の制作に携わっている者からすれば、「冗談だろ」と言うような原稿を作ろうとします。具体的には、例えば、「英語」が検索ワードで上昇しているから、(ターゲットのことなど考えず)どこかに英語という文言を入れてくれとか(さすがにここまでひどいのは見かけなくなりましたが)、求職者はどんな環境で働くかを知りたがっているから(ここまでは間違ってはいないのですが)、休憩室にお菓子が置いてあることを強調してくれとか、なにも専門家ではなくても、ちょっと考えれば逆効果になったり、どうでもいいと思える情報を重宝したりし出します。

データに引きずられ過ぎて、素人でも気づけるようなデータ分析の誤りに気づけなくなっているのではないでしょうか。要するにデータだけしか見ておらず、「求人」も「広告」も素人のままでデータに向き合っている。素人的なミステイクは内容領域専門家をプロジェクトメンバーに加えることで簡単に防げます。そもそもデータのスペシャリストであればあるほど、データ分析はデータの専門家だけではできないと強調しています。他方、自称専門家は求人広告がどのように作られているか、その知識も理解もないままデータ分析を始めるのではないでしょうか。これではうまくいくはずがありません。

内容領域専門家、つまり、中途向け求人広告のコピーライターをプロジェクトメンバーに加えることを強く推奨します。ディレクターでも代替は可能と言えば可能ですが、中には、求人広告の理解が薄いディレクターもいます。コピーライターの力で何とか求人広告の体裁を保てているのですが、ディレクター本人がそのことに気付いていないケースは実は少なくありません。メンバーをディレクターから選出する場合は、自らライティングをしているディレクターにするようにしてください。

課題②:そもそものデータ量の少なさを勘案しきれていない。

中途向け求人広告は膨大な数が世に送り出されていると冒頭で述べたことと相反するようですが、個別の企業に見ると求人広告の出稿数は非常に少ないのが現状です。ご存じの通り、日本には数万の企業があります。それらの企業が年に数回、求人広告を出稿すれば、数万のデータが集まるわけです。一方で、個別に見れば、たかだか年に数回、企業によっては数年に1回しか求人広告を出稿しないことがざらにあります。

もっと重大なのが、中途採用の募集では、応募10あれば大成功と言われるケースが非常に多いのが現状です。このため、成功事例が集まりにくい。つまり、どんな原稿を作ればその企業に応募が集まるのかデータが集められず、分析が困難なのです(もっと言うと、その応募10が有効な応募なのか、面接・採用に至ったのか、入社後に活躍したのか、まで突き詰めれば、さらに成功事例は少なくなります)。中途採用は大企業や人気企業でも一回の募集につき、集まるエントリーは多くて数百程度です。大企業・人気企業ともなれば、数千のエントリーシートが送られてくる新卒採用とは状況がまったく異なるのです。

個別に事例がないのならば、類似のデータを使用すれば良いことはわかっています。ただ、この類似のデータというのが問題で、本当に類似なのか、あるいは参考にして良いのかは、慎重に判断しなければなりません。データが集まりにくいのは、求人数や応募数が少数になりがちな中小・零細企業です。そうした中小・零細企業について、企業規模(従業員数)と事業内容が似ていれば類似企業や類似のデータとして見なす傾向があります。しかし、これが非常に危うい。企業概要が同じでも、中を見ればまったく異なることは十分にあり得ます。と言いますか、まったく異なることがほとんどではないでしょうか。企業には規模の大小に関わらず、社風がありますので、社風が異なれば、求める人材や訴求点も異なります。定量データだけを見ていると見逃しがちですが、人材の領域は定性面を慎重に扱わなくてはならないのです。

個々に見ればそれぞれに特徴のある企業を「類似企業」とひとまとめにするのは、中小・零細企業を十把一絡げにしようとする姿勢さえ感じ取れます。同様のことを大手企業に置き換えて考えてみます。例えば、トヨタとホンダは同じくグローバルな自動車メーカーですが、トヨタの求人広告の成功事例をホンダに当てはめようとしないのではないでしょうか。トヨタとホンダは社風が異なるため、求める人材やフィットする人材に違いがあることが、内情を知らなくても容易に想像できるからです(参考にできるところはあると考えられます)。

求人広告の内容に目を転じると、単に応募が集まっただけで「同じ」成功事例としてはいけないということがあります。例えば、世代交代が終わりこれから新しくチャレンジを始め未来を切り開いていこうと呼びかけて成功を収めることもあれば、安定した環境のもと現状の業務をコツコツと行ってほしいと呼びかけて成功を収めることもあります。応募数だけを見て成功事例を集めてしまうと、これらの相反する事例を一緒くたにする危険をはらみます。定量データを収集し分析するだけでは求人広告の実態は見えないことが多く、非常に手間がかかるのですが、一件一件精査しなければならないでしょう。この点も、中途向け求人広告で真の意味でのデータ分析が進まない理由だと考えられます。

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課題③:中途向け求人広告の特性を理解していない。

求人広告のライターをしていると、取材前に「今回の企業はこれこれこういう訴求点で効果が出ることがわかった。それに沿った原稿にしてほしい」と言われることが時々あります。効果に対する根拠はデータ分析の結果ということもあれば、他社事例を見てということもあります。これを行うことの危うさは先に解説した通りですが、もう一つ問題なのは取材前に原稿を決め打ちしてしまうことです。それなら取材をする必要はありませんし、中途向け求人広告に携わっている者なら、取材に行ったら事前情報とは大きく異なるケースが少なからずあることを知っています。多くの場合は、取材前に示されるデータや他社事例はあくまで参考で、実際に取材をして違ったらそれに沿って原稿を作るしかありません(誤解のないように言うと、参考例は可能な限り多く目を通します。ただし、あくまで参考であり活用できる内容とまったく参考にならない内容があります)。このことは、ライターもディレクターも営業も了解済みです。

他方、データ分析の結果に固執するケースも時折、見られるのです。現状よりデータを優先する困ったパターンです。場合によっては取材に参加して自らも取材内容を確認できているはずなのに、あたかもなかったことのように扱い、事前に打ち合わせた通りの内容を書いてほしいと要望します。しかし、取材内容と違うことを書こうとするのだから、求人広告はとてもちぐはぐな内容になります。結果は期待できませんし、仮に結果が出たとしても、実情とは異なる内容です。果たしてそれは成功と言えるのか大いに疑問が残るのではないでしょうか。

また、データ活用を試みている場合、「結果を出したいので良い原稿をお願いします」と言われることもあります。これについては当然ことで、データ活用しようがしまいが、最高の原稿を作ることに変わりありません。ライターに対する単なる社交辞令みたいなものだと思うので、この言葉を真に受けて反論めいたことを言うのは憚られるのですが、敢えていうと、私の理解ではデータ活用は誰が原稿制作をしても同じ結果を出すために行うものという側面があります。それを結局、ライターがうまく書かなければいけないのであれば、データ分析を挟む分、二度手間になるのではないかと思うわけです。また、下衆の勘繰りを承知でいうと、結果が出なければ「良い原稿」を作れなかったライターの責任、結果が出ればデータ分析をしたプロジェクトチームの手柄にしたいのかもしれません。

本来であれば、取材で集められた情報を加味して分析すれば良いのですが、中途向け求人広告は短納期がほとんどです。取材後1~2営業日で納品、その後、1~2週間で掲載にまで持っていきます。ゆっくりデータを見ている時間がないので、結局は内容領域専門家の経験と勘、インサイトで原稿を作成することになります。だからこそ、決め打ちに持っていきたいのだと考えられるのですが、取材の工程を完全に無視するのはかえって非効率ですし、情報の信用度にも疑問符がついてしまいます。

なお、新卒採用では、データ活用がうまくいっているケースもあります。その事例の多くが、エントリーシートの選別に限定されます。毎年、数千と集まるエントリーの中から、採用の可能性のある人材をふるいにかけます。要するに、うまくいっているのは、きちんとデータが集まる大企業・人気企業だけなのです。その大企業や人気企業ですら、最適な選別ができるようになるまで数年かかることがほとんどなので、いかに大量のデータが必要となるかがわかります。また、長期的な視野でデータ分析をしなければならないことも理解できます。一発勝負で効果を出そうとするのは、相当に無理のある話なのです。念のため付け加えると、新卒の場合は、データをいわゆる足切りに使っているので、応募を集めようとする中途とは役割が真逆です。この観点から、新卒がうまくいっているからといって、その手法を中途に応用できるとは簡単には言えないこともわかるはずです。

あとがきに代えて

以上のことから、私がデータ活用に否定的で懐疑的で、データとは対極にいる存在のように感じたかもしれません。しかし、どちらかというと、積極的にデータを活用したいほうです。と言いますか、求人広告の制作に携わって以来、作成の効率化・最適化、効果の向上をシステマティックに成し遂げる方法を思案しており、実際にメソッドと言えるものも開発しました。自分でいうものも何ですが、いち早く求人広告の仕組化に取り組み、一定程度の成果を上げたと自負しています(求人広告のクリエイティブな側面を好む人たちからは否定的に捉えられましたが)。データを活用して、さらに求人広告の質的向上を図っていきたいと考えています。ただ、現在行われているデータ活用の方向性について疑問を持っているのです。では、求人広告ではどのようにデータ活用するのがベストか、目指すべきゴールはどんなものか。解説・提案したいと思います。長くなりましたので、後編に続きます。

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