転職で給与アップが収入減を上回る。転職はもはや当たり前?

今から20~30年ほど前は、就職とはすなわち「一生の働き場所」を見つけ身を置くこととほとんど同義のように語られていました。転職などもってのほか、転職をすると給料が減るなど損であることがデータを持って示されていました。また、経済小説などでは時に転職は裏切りの象徴として描かれ、登場人物は実力に反して転職先で重要なポストにはつけないまま終わりました。しかし、現在は社会環境が大きく変化しており、こうしたイメージをそのまま当てはめる向きは少なくなってきていると感じられます。転職あるいは中途入社をすることにどのような変化があったでしょうか。見ていきたいと思います。

※本記事で使用するデータは、平成29年就業構造基本調査、平成30年雇用動向調査、平成30年若年者雇用実態調査、令和元年労働力調査、令和元年版労働経済白書、一般職業紹介状況をもとにしています。

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転職で給与は減らない

かつて転職をしてはいけないもっとも大きな理由の一つとして挙げられていたのは「給与が減るから」でした。「転職をしても良いことはない。特にデメリットが大きいのが給与が減ることだ。だから、一社目、すなわち新卒で入社する企業を慎重に見極めなくてはならない」。今から20年ほど前、当時就職活動をしていた私は、人材サービス企業からそのようなアドバイスを受けたことを記憶しています。データを見た覚えもありますので、実際に転職したら収入が下がっていたのでしょう。

一方、2018(平成30)年の転職者の賃金変動状況は、このような事実を示しています。すなわち、前職に比べ「増加」が37.0%、「減少」が34.2%、「変わらない」が27.2%。なんと「増加」が「減少」を上回ってしまい、全体の半分以上の64.2%が転職しても給与は減らなかったのでした。考えられることとしては、この20年の間で、求人広告や転職エージェントの活用が広がると共に情報が詳らかに公開されるようになり、わざわざ給与の下がる転職をしなくて済むようになった、突発的な退職が減った(転職先を決めてから会社を辞めるようになった)、あるいは、会社側が中途採用を受け入れることに慣れ、転職者が不利にならないような給与体系を設定した、ということが挙げられるでしょう。

また、これについては具体的なデータはありませんが、転職者が転職先で部門長や役員クラスとして迎え入れられる、あるいは本人の実力を持ってステップアップする、ということは、さほど珍しいことではなくなってきています。特に2000年代以降は、良くも悪くも成果主義・実力主義が活発に導入され、中途入社の不利をなくした側面があります。ポジションに多くの空きのあるベンチャー企業が多数興されたことも、転職者がステップアップしてポジションを得やすい状況を作りだしていると考えられます。

若年層で転職が一般化しつつある

では、転職はコモディティ化したのでしょうか。これについては、慎重に答える必要があると思いますが、現状では「転職には抵抗がある」「できることなら辞めたくはない」と考える向きが強いでしょう。特に40代以降ともなれば、今いる会社でゴール(定年退職)までたどり着きたいと考える傾向が強くなるはずです。

年齢階級別に転職(離職)の状況を見てみます。平成30年1年間の離職率は、29歳以下と60歳以上で高くなっています。つまり、社会に出て間もない年代はもっとも離職する可能性が高く、若いほど離職しがちで転職に抵抗がないと安易に断ずるのは危険ですが、そう言えなくもありません(60歳以上については、定年、雇用継続のことなどがあるので一旦、横に置きます)。若年者(満15~34歳)に限ってみてみると、平成29年10月~平成30年9月に若年労働者がいた事業所のうち、若年労働者が自己都合で退職した事業所の割合は44.9%となっています。つまり、約半数の事業所で若年者の退職がありました。若年労働者の離職防止は人事の大きな課題の一つと捉えて間違いないでしょう。

こうした状況を作り出した要因はさまざまに考えられますが、一つ求人広告の作成を通じて見えてくるのは、多くの企業は若手の採用を強く希望しており、若手はシニア層に比べ転職がしやすい状況に置かれていることが挙げられるかもしれません。企業間で若手の奪い合いをしています。あわせて、IT関連を中心に新しい仕事が多く生まれており、その新しい仕事をし得る新しい技術を有しているのは若手であることも、若手獲得競争というべき状況に拍車をかけているのではないでしょうか。

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これから先はどうなるか

これまでの雇用情勢を振り返ってみます。有効求人倍率は2009年8月を谷として上昇傾向にあり、2017年、2018年、2019年の年平均はそれぞれ1.50倍、1.61倍、1.60倍と非常に高い水準となっていました。これほどの高倍率は過去20年にはなく、1973年の1.76倍にまでさかのぼらなければなりません。1986年~1991年のバブル期のころもこれほどの水準とはなっていません。近年は完全なる人手不足の状況で、令和元年版労働経済白書の分析テーマは「人手不足の下での『働き方』をめぐる課題について」でした。

ところが、ご存知のように2020年に入り、新型コロナウイルスの影響を受け有効求人倍率が大きく低下しました。同年1月以降は常に低下傾向で7月は1.08倍となっており、人手不足とはまったく異なる状況に直面することになりました。景気は大きく後退しており、会社や職を選ぶ際はかなり制約を受けていると言っていいでしょう。それどころか、一歩間違えれば、売り手市場の若手といえども失業する可能性もあります。

こうした状況のもと、転職市場が冷え込んで、ある意味で会社にしがみつく傾向が強まり、転職は距離を置かれた存在になるでしょうか。私は必ずしもそうはならないと考えています。というのも、一定数の若年層は転職を単なる選択肢の一つとして捉えていると推察できるからです。現状の会社を積極的に辞めようとは思わないが固執はしないと、とてもフラットに見ているとでも言うのでしょうか。比較してみると、今の40代以上は会社を辞めるという発想が極めて希薄であることがほとんどでした。転職はまさに最後の手段です。しかし、時代がくだるにつれ、良くも悪くも、転職という選択を早い段階で与えられてきています。一部のナビサイトでは、新卒サイトへの登録後、ほとんどそのまま転職サイトへの登録となるのはご存知の通りです。また、既にお伝えしているように、転職で給与アップやステップアップをするケースも増えており、転職への抵抗交換は相当に薄れているはずです。

社会全体に目を転じてみると、現状のコロナ禍がいつまで続くのかは予測不能ですが、少子高齢化で日本国内に人口が減り、働き手が足りなくなるのはほぼ確実視されています。一時的に労働者が過多の状況になったとしても、早晩再び人手不足になります。こうした中で、若年者は相も変わらず売り手市場のままであるでしょう。

定着について再考し、対策を立て直す

企業は若年者の定着のための対策がますます必要になるだろうと考えられます。若年正社員の「定着のための対策を行っている」事業所は72.0%に及びますが、十分な効果が上がっていないのが現状でしょう。さらに、対策ということについて、今後考慮していかねばならないのが、コロナ禍でオンラインによる面接、テレワークが広がり、採用も働き方も大きく変わったことです。

オンラインで採用や勤務を行ったからといって、必ずしもミスマッチが起こったり、生産性が落ちたりするわけではありません。むしろ逆で、オンラインを上手に活用することで、採用でのマッチングが高まり、業務の生産性が上がったという声が多く出ています。一方で、リアルの出会いがなくなることで、これまで特に意識せずとも醸成されてきた、一体感や帰属意識、もっと踏み込んで言えばある種の情のような結びつきは、形成されにくいと予想されます。極端な話、職場でたまたまあった出会いが、退職を踏みとどまるきっかけとなった、みたいなことも起こりにくいわけです。また、採用も日々の業務もすべてオンライン、会社には一度も足を運んだことはなく、上司にも同僚にもリアルでは会ったことがない、連絡はすべてオンラインという立場にいると、退職願を出すのも大した負担にならないと考えられます。要するに、踏みとどまる理由があまりなく、良いか悪いかは別にして、決断のスピードは速まります。

コロナ禍で一気に忘れ去られた感もありますが、ここで、エンゲージメントという言葉をもう一度、思い出す必要があるでしょう。オンラインは非常に便利でパワフルなツールですが、エンゲージメントに関しては弱みがあるかもしれません。少なくとも、オンライン上でどのようにエンゲージメントを醸成するか、国内の企業にノウハウがほとんどないのが現状です。これまで何となく培っていた職場の一体感や帰属意識は今後、意識的に作り上げていかなければなるはずです。

転職に関するイメージは大きく変わっており、転職するのが当たり前、転職を前提にしている、とまではならないと考えられるものの、転職の一般化はますます進んでいくと予想されます。一方で、採用と働き方のあり方が変わる中、若年者に対するエンゲージメント、定着の課題は、残り続けるはずです。後者の問題については、また折を見て取り上げてみたいと思います。

まとめ

・転職で給与は上がる傾向。増加が全体の37%。
・能力、成果によって転職後のステップアップも果たせる。
・いわゆる、新卒入社、中途入社の有利不利は減っていると考えられる。
・29歳以下の若者の離職率は、どの年代層より高い(60歳以上除く)。
・有効求人倍率は2019年までは高止まり、2020年は減少傾向。
・人口減を考慮すれば、人手不足は避けられないと推測。
・オンラインでの採用、勤務が広まり、定着について再考・再対策が必要になるのでは。

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